ACLの辺りはこっちの都合で忙しかったんで必ずしもでは無かったが。
優勝の少し前
鬼木が来て、開幕戦負けて始まるも、師岡・安西・関川の長期離脱があるも、着々と勝ち点を積み重ねて来て11月になったら「1回負けて2位が勝っても優勝」という状況。で、徳田がPKを外し半歩後退して「勝ち続ければ自力優勝」、「次勝てば優勝、負けや引き分けだと・・」に遷移して迎えた最終節。数字上優勝が決まる試合には、シャーレ始めセレモニーの準備もされて・・というのはサポーターも知っているくらいだから、スタッフ・他チームでも経験のある選手たちは知っていたし見ていただろう。練習にだって今まで来なかったメディアまでコメントを取りに来るし、カメラも多い・・と、同じような境遇だった水戸HHは不安的中で、昇格&優勝に向けて足踏みどころか低迷していた。
そんな、観ているだけのこっちもなんか仕事していても集中出来ない週を過ごして、最終節メルスタに行ってみた。
「大入り(観客が3万人超え)になると勝てない」という時期が2年くらい前まであって、ご新規さんが大渋滞の中来てくれては酷い試合で帰りも大渋滞。営業努力なのか休日の巡り合わせなのか、せっかく年に1回のチャンスを活かせないでいたが、今年は大入りで必ず快勝と来ていて、最後の最後で大入り37,079人で優勝出来ずT_Tは避けたいところだな、と思いながらいつものスタグルにありついていた。
元社長井畑滋さんの追悼で喪章という一戦となったけど、宮本さんの時の直後の試合は確か負けていたな・・と不安もあった。
優勝当日
試合前にZICOによるボランティアの方への記念品贈呈セレモニーを経て、(そういえば相手は試合前のアップをやたら早く終わらせて引き上げていった記憶が・・。ウチがいつもより長かったのかも知れないが。)キックオフしたら全ての不安、ここ1週間分の不安は全て杞憂に終わった。相手がしょぼい!今日は絶対負けない!=優勝と確信した。
ここ数年見たことのないほどのレベル差。まさに圧倒的な試合展開。判断力・正確性・走力・集中力、と全てが相手に勝っていて、11人vs相手GK一人というくらいの展開。相手を前半シュート0に抑えたってのは、少し前までJ1にいた最下位をダントツで独走するチームと対戦しているかのようで、今シーズンアウェイで完敗している相手とは思えなかった。(前回対戦のころのスタイルを捨てて、残留のためにロングボール蹴って、という戦術にしていたらしい。)
満員のホームの圧力に押されたのか、降格争いに敗れw残留を確定していてモチベーションがないのか、なんだろう、GK以外のFP全員を買収していたからかw、とにかくこぼれ球を全部マイボールにしてしまう。「来年鹿島の選手が全員日産車に乗っているのでは」と思ったくらいだ。
前半、荒木が、中盤で競り勝った知念から貰うと、よどみなく松村に出してそのままニアに走ってクロスを空振りからのパスをレオ・セアラが先制弾。
ハーフタイムの篤人のスピーチもどこかふわふわしていて集中して聴けず。
後半も荒木からの松村でレオ・セアラの追加点。
知念がドリブルで数人抜いて抜いて行ったあたりから相手も火が点いたのか、ATに1点返されると、ファウルを貰って倒れた田川が起き上がろうとするところを健斗が押し倒したのを合図に(ウソです)鹿島り始め、最後の方は鹿島のベンチメンバーがアップする辺りの裏側にボールを出して、マルチボールとはいえ、同じ場所に何度も来たら短い時間ではボールは準備出来ないというテイの新方式の鹿島りで、その時は来た。
とにかく嬉しい優勝だった。
考えたら、21冠のうち、ホーム・メルカリスタジアムでの戴冠ってのは、97年ナビスコ決勝、2001年のCSの2戦目(満男のFK)、2007年(本山ミドルの裏でカズからの根占)、に続いて4回目。
(98年2nd、2016年の1st
のこれ
はステージ優勝セレモニーはあったがCSの挑戦権獲得だっただけということもあって、なにか爆発するほどの騒ぎではなかった)
連覇や三冠や三連覇やらあるけど、カップ戦決勝は中立地であることもあって、ホームで優勝ってほんと難しい。もっと噛みしめたいと思っていた。
ZICOも満面の笑み
優勝セレモニー。
小泉社長になって初の優勝も、まさかの大井川知事登場で、社長はスピーチなし。(優勝がなかったら社長が前面に出ていたと思う)
そういう腹のくくり方を知ってか、今の最高責任者はあなた、と言わんばかりに、社長がシャーレを掲げるまでピッチには出ず、自分のスマホで撮影し続けたZICO。(シャーレを渡された社長がなかなか掲げず掲げずチラチラ見ていた視線の先にはZICOがいた)。
紙吹雪もトレットペーパーも紙テープも、もちろん発煙筒もなかったセレモニー。昔のサポーターはどうかしていたよww38試合で勝ち点76はあまり高い優勝ラインでなかったのも幸いしたのかな。しかも勝ち点1差ということはどの勝ちもどの引き分けも無駄じゃなかく必要だった、ということだし、どのゴールも、どのセーブも、無かったら優勝はしていなかったかも知れないということ。短い時間しか出でなかった選手達の頑張りがなければこの優勝はなかった。誤審もあってもなんとかこれだから問題無し。過密日程のACL勢が終盤伸び悩んで、二位や三位でACL出ながら今年こそ優勝!ってアプローチより、五位の次の年に優勝は楽だったかも知れなーい。えへへへ。
歴史の中のこの優勝
96年から2000年までのタイトルは、ZICOの教えを直接受けた選手・スタッフたちと、他チームがJリーグのバブルが終わったと見て横並びで予算を減らしていくなか、経営陣の逆張りでブラジル人選手たちを獲得し続けZICOの目の前で手を抜く訳もなくという好循環の時期だった。98年には満男・本山・中田・ソガが入ってきて、2000年からのタイトルに絡んではいたが、貢献度も徐々に上がって行って、2007年からの三連覇はまさに黄金世代の時代だった。(あとから移籍してきた選手も同い年だったりもしたし。)
三連覇の後は、夢生が化学変化を起こした「夢生時代」(多分接点はなかったはずだけど、あれぞZICO Spiritsだとみんな感じていた)と思ってる。
今回は、「鈴木優磨と愉快な仲間たちの時代」と言う事にする。
戻って来てくれてから、優磨と愉快な仲間たち時代は始まっていたが、結果4位→5位→5位でカップ戦も獲れていなかったT_T
「鈴木優磨と愉快な仲間たち」のサッカーで、タイトルが獲れない、(松村が言ったように)優勝にかすりもしない、という状況の最大の原因は優磨となるわけで、去年でも一昨年でもギリギリだったと感じだかも知れないがwギリギリの時期で優勝できた。
が、これが優磨が大怪我や同ポジションにスーパーな選手を獲得するとかで不在となっても、しばらくタイトルを荒稼ぎするような時期が続いたとしたら、それは「中田浩二FD時代」となると思うが、果してどうか。まだ1回しか優勝してないのにそれは早過ぎだと自分でも思うがw
どこに入れ込むが迷ったけど最後に、若い有望な選手の海外挑戦を応援・許容しつつの優勝というのも凄い。
21冠までの長い足踏みの時期に、上田綺世が半年残ってくれれば優勝やタイトルが・・という年や、町田浩樹も半年・・特にあの頃は守備ボロボロだったwというのは痛感していた。新加入の外国人選手が中東に強奪されて金は残ったが成績が下がった、というのとは全く違う。下部組織から育てた・育った選手が、優勝争いしているシーズン途中で欧州リーグ挑戦で離脱、そこを埋められず当然のようにチーム成績は下がるということがあったのは、狭い見方をするとチャンスを逃してしまう意味不明な行動にしか個人的には見えなかった。そんな時期を乗り越えて優勝というのはほんと嬉しい。
(前提として「海外に送り出す」という言い方をするけど、「海外のクラブが欲しい」と言ってくるほどの選手に育った・育てたってのがそもそも凄い。) ソガと本山はそうではなかったけど、ヤナギも満男も、中田浩二も海外へ送り出しているわけだから、クラブがこの姿勢を示して・貫きつつ優勝したのは、若い有望な選手に選んで貰う大きな理由になると思う。ユースも結果を残したし、将来は明るい。よしよし。